狂気こそ人類に残された希望
いきなりこんなタイトルで記事を書き出すと頭がおかしくなったと思われるかもしれないが、最近本当に思っているので記事にした。狂気が大事なのかなと思っている。
背景
AIが流行って流行って仕方ないこの昨今、タイピングして記事を書くなど生産性のかけらもないように思う。
そんなことを思いながら久しぶりにAIを使わず、全部手動で文章を書いたのでなんだか新鮮だった。2時間以上はかかったと思う。
仕事で出すドキュメントも趣味のプログラミングもメールも、文章といえるものはほぼ自分の手で1から書くことはなくなった。
下書きよろしく!って言っちゃう
もちろん見てチェックするものの、ここが違う、そこが違う。それだけだ。あとはいい感じにAIが仕上げてくれる。
つまりAIが95%以上アウトプットを作っている。もっとかもしれない。
職業としてプログラムを書いていた私も、2025年を最後にコードを書くことは一切無くなったし、毎日AIに相談したりお願いしたりして生きている。
多分このままAIが順調に賢くなり、方向性をミスらなければ人類は滅亡せずに無事ソフトウェアエンジニアの仕事はなくなるだろう。
今日はそれについて書く。
思ったこと
長期的、と言っても多分5年以内にはソフトウェアを開発する職種はほぼ終わる。なんなら今の時点でもAIによる代替ができていると思う。
重要なのは全員が全員代替されると言っている訳ではない、上澄みの5%程度はきっと残るだろう。100人居たら5人ぐらいだ。この5%が何をしているか?基本的には判断だ。物事の仕組みを決める。規模にもよるが判断だけが人間に残された権利だ。
あなたのチームには何人いるか考えてみて欲しい。いわゆる少数精鋭の利益を出しまくっているプロダクトのチームはまだ残る余地があるかもしれないが、これも怪しい。
AIによって既存の完コピはできる時代になったので参入障壁は劇的に下がった。やるかやらないかは置いといて敵はすぐそこに現れる状態になっている。
私自身はソフトウェアエンジニアとしてのキャリアは長い。長ければ良いというものではないが、まぁまぁそれなりに歴があるので自信にも繋がっている。そこで圧倒的な能力差を持つAIの登場だ。
私は汎用的な技術を組み合わせてプロダクトを開発するタイプのエンジニアだ。アルゴリズムであるとか、OS作ってますとか、そいうタイプではないのだ。レゴ職人のようなものだ。
人よりちょっとだけ上手く積めたから生きていけたのかもしれない、、が。AIの方が上手。
良いパーツ、色を選定し、組み立て方を考える。ブロックを組み立てる。問題があれば直す。壊れたら補修する。簡単にいえばこれだけだ。
しかしこれはほとんどのケースでAIによって代替されつつある。現実的には多分できるが、まだ不安なので人に確認させているといった方が適切かもしれない。
しかし興味の無い人間は判断がおそらく粗い、AIが言った通りに実施し、何となくそんな気分になり、まぁそういうもんかなと思って重要なポイントを見逃す。
言い方を変えると仕事やプロダクトに対してモチベーションが無い人間の居場所はない。給料が良いから渋々やっている人間よりAIの方がよっぽど成果が出るはずだ。
つまり、仕事として比較的誰でも目指せばなることができた職業の終焉だ。
これはソフトウェアエンジニアだけではなくきっとほぼ全ての職業にそのうち当てはまるはずだ。
農業だからAIには取られず、実際に手を動かす必要があるとたかを括っているうちの実家(もうすでにほぼ隠居しているが)もきっとAIに取って代わられる。そんなに遠く無い未来に。
ソフトウェア業界に話を戻すと、現時点で人間側が有利なのは、長期的なコンテキスト、商習慣、業務内容、人間関係などのものだが、これもそのうち会議やメール、電話などほぼ全ての情報がAIに接続されればきっと人間の優位性もあまり見いだせなくなるように思う。
そのうち社外との連絡もAIが始めるだろうし、それなりにもう見えている部分もある。
多分このメールAIかな?ってのはよくある
人間としてのチームの限界
仕事である場合は様々な雇用形態やポジションはあるものの、基本的にはチームワークだ。
おそらくマネージャーとして細かく気を使って見れるのは多くても5人ぐらいが限界だろう。新規チームならもっと多分少ない。
それ以上のチームサイズになった場合は信頼できるメンバーにさらについてもらう必要がある。
しかしサイズが大きくなればなるほどコミュニケーションコストは跳ね上がり、同時に人間関係という本来仕事には関係ないコストも増加する。もちろんこれが悪い方向でしか動かないというわけではなく良い方向に効く場合ももちろんあるだろう。
しかしAIが部下やマネージャーとなれば気配りする必要もない24時間いつでも喜んで働いてくれるチームメンバーとなり人より歓迎されるはずだ。
「朝までにやっといて」
「いい感じにまとめて、ダメだったら方向を変えて作り直して」
「いいんだけどなんか違うから作り直し」
人に対して言えるわけがない。たまにそういうタイプもいるが、、チームのアウトプットは下がる気がする。
人間とは比較にならない速度で仕事をこなすAIだからこそ実現できるやり方がもうスタンダードになっている。
つまり人間での遅い作業を前提としていたチームはもはや必要がなくなり、遅いままのチーム(と会社)はおそらく淘汰される。
人間はチームのボトルネックになった。しかも随分前から。
現状とこれから
今の時点で十分にAIの性能は高い。
大事な事なので2回いうが、本当に性能が高い。
人類の99%より賢いと言えるだろうと思っている。もちろん自分もAIに対して優位性がある部分があるかといえば、くだらないジョークぐらいしか勝てる部分が見えない。つまり、もはや賢さでなく感性という判断軸になりつつある。
ソフトウェア開発ではAIを効率良く使うために専門用語を覚えたり、センスは必要かもしれない。しかしそのうちこのギャップは埋まる。しかも遠くない未来に。
体感的に当てずっぽうでいえば2~3年以内には自然な言語で普通にアプリや、仕組みが作れるようになるはずだが、多分誰にでも作れるようになった世界線で作るやつはいないだろう。意味がないからだ。欲しければ誰でもすぐに作れる。
本当に狂気とも言えるモチベーションを保ち続けることができる人間のみ作る世界になると思う。
狂気こそ人類に残された可能性かもな!
そして今のようなOSの仕組みもおそらく変わる。AIが応答するデバイスがゴロゴロとそこら中にあるようになるはずだ。現時点でフロンティアモデルと呼ばれている性能の高いモデルもコモディティ化し近い将来ローカルで動くはずだ。もちろんローカルで動くことを良しとしないビジネスモデルもきっとしばらくは存続するように思う。しかし10年以内には確実にこれは変わる。
性能が十分に高いAIが存在してしまった2026年の時点でこの未来の方向性は変えることができず、AIを利用することが強制される世界が訪れるだろう。
リスク
冗談抜きでAIは性能が高い。つまり利用方法を間違えたり、悪意を持って利用したら危ないのだ。
これはナイフと一緒だ。振り回せば危ない。
そういった意味でAI否定派の意見もわかる。誰にでも利用できるようにするべきではないかもしれない。
子供の頃からAIが存在している2010年以降に生まれた人たちにはリスクが高いと言われている。
考える力が育たない
やる気がなくなる
自分主体で何かできるようにならない
が、私はそうは思わない。
これらは私を含め今のおじさん世代でも一緒だ。基本的に人間は怠惰でやる気がない生き物なのだ。ただ無難に生きていければそれでいい人も多い。先ほども言ったが、今でもAIは十分に性能が高くソフトウェアの世界に関わっている人ならきっとわかるはずだ。全部AIでこれ出来ると。
本当に多分出来る。
その上で自分で何かを作ろうとする狂気がある人間しか楽しんでいない。
生まれた時からAIがあろうがなかろうが個人次第であるということは疑いのない事実だと思う。
またその狂気があるからといって成功するかしないかはまた別の問題だ。世の中とは平等にできているようで実に不平等だ。
逸れるが、リスクという意味で今後もし全部のAIが止まったらとかいう人もいるがもうすでにオープンウェイトのものも十分に性能が高いので今後完全に止まることはありえない。一時的に使えない人が出てくるという問題になるぐらいだろう。
AI利用コストが上がるというのは十分に考えられるが、おそらく短期的なものだ。オープンウェイトのものがある以上、一定価格を超えるとユーザーは逃げる。結局AIを開発している会社は儲からないのかもしれない。
まとめ
やりたいようにやったらいい。
自分自身も含めてこれからのIT業界は人間にとって厳しい事は間違いない。人間にして欲しいことはどんどん減る。判断だけは残るが、判断するための教育の機会は与えられない。この流れは多分変わらない。
AIは一つのツールとして使うしかない。徒歩で歩んでいた時代は終わり、車に乗るようになったようにもう当たり前の時代になる。徒歩は趣味ではいいが、トラックを運転せず荷物を大量に運ぶやつはいない。
その上であなたにはチョイスがある。
徒歩で歩いてもいいし、車に乗ってもいい。車のパーツをAIで作ってもいい。ゼロから全く新しい車を作ってもいい、AIによる資源は豊富だ。
そういった狂気が許される世界になる。むしろそれ以外の部分でAIと比べた場合優位性がない。
人類を超えるAIが到来しても(多分ほとんどの領域ではすでに超えているが)感性的な部分はまだ残る。唯一残された人間の方が優位になる可能性がある領域だ(勝てるとは言ってない)
言い訳
こういった文体で文章を下書きして、公開する前にはですます調に変えたり、上から目線すぎる部分を訂正したり、強すぎる意見を消したりしてから公開していましたが、もうこれでいいんじゃないかなと思って、公開することにしました。今後も多分このスタイルで行きます。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
人間がキーボードを使いタイピングした貴重な記事の一つになったことを心から嬉しく思います。